やっと出来た

やっと出来た。
サイトの方で書いていた『鬼の棲む山』とかいう続き物の後日談です。
本当はサイトで完結させた時点で書きたかったのですがどうにも纏まらないまま早2ヶ月。
今週月曜日の仕事中(超暇だった)に降ってきたのでなんとか書き上がった次第です。
どうして何か降ってくる時はいつも仕事中なんでしょうね。その場で書けないじゃないの!

とはいえ、書き終わってから2ヶ月経っている上に途中でキャラ崩壊ありのギャグまで挟んだので、文体はちょっと違います。
芥川でも読めば少しは直ったんじゃないかと思いますが、そんなもの読んでいる間に飛んでいきそうだったので強行突破です。
それでも許せる方は追記からどうぞ。




 春が来たら発つと決めていた。
 荷物はなけなしの小銭と数日分の保存食。その他の小物を含めても風呂敷一枚に包める程度しかない。紐を結えて肩に担ぎ、それから一振りの刀を腰に差す。
 真新しい草履に足を入れ玄関を出る。途端に凍てつく空気が頬を刺した。もう直に夜明けを迎えるであろう空は薄藍色に輝いている。朧に連なる稜線の向こう、東の空には金色の明星が燦と映えていた。
 草履の底が地面を踏む。ざり、ざり、と規則的に歩を進める。向かうは村はずれに一本立つ桜の木。誰かいるとしたらそこだろう、いなければそれまでのことだ。
 小さな村の果てには太陽が顔を出す前に辿り着いた。仄明るい風景の中で立ち枯れる桜と、それに凭れる長髪の男。やはり待っていたようだ。彼はこちらへ向くと立ちはだかるように幹から背を離した。
「行くのか?」
 眼前まで近付くのを待って桂は尋ねた。
「ああ」
 答えて、足を止める。傍らの桜を仰ぎ、その一枝に小さな花弁を見つける。
「春になったら――花が咲いたら。そう決めてたからな」
「……あれからもう五年か」
 早いものだと桂は独りごちる。桂は、そして高杉は、過ぎた日々に思いを馳せた。
 五年前の春、同じこの桜の下から旅立ったのは、違う少年だった。
『俺は結局この村じゃ鬼子でしかねーんだ。俺が人になれる場所を探すよ』
 桜の花が咲いた日に銀時は村を出た。師の願いを受け人であろうとした彼に、この村に居場所はなかった。それを知っていたから桂も高杉も銀時を止めることはしなかった。そして人の子に過ぎない彼等には追うことも出来なかった。
 だから替わりに時間を費やした。鬼ではなく人として村を出られるように。生かされる子供ではなく一人の男として生きられるように。少年時代を最短で過ごす中で二人の意志は強く固まった。
 そしてようやく時が来たのだ。
「やはり銀時を探すのか?」
 桂が訊くが高杉はかぶりを振る。
「あんな目立つ頭だ、あの馬鹿は探さなくたって見付かるだろ。それより俺は俺が行きたい所へ行く」
 正直、銀時が去った直後はいつかきっと探しに行くと決めていた。今や高杉にとって松陽と自分を繋ぐものは銀時しかいないのだ。それすら失くしてしまえば松陽がいた痕跡すら消えてしまう気がした。それが怖かった。
 けれど年を重ねるごとにその思いは形を変えていく。この閉鎖的な村で骨を埋めることに疑問を抱き始める。変化のない日々に違和感と、何より焦燥を覚えた。自分はここにいてはいけないと感じた時に彼の目的は決まった。
「俺の知らない世界を見に行く」
 意志の強い眼で高杉は語る。生半可な言葉で揺らぐ決意ではない。その声には五年の歳月が込められている。
「まさかとは思うが、今更止めるなよ」
「止めるものか。俺が何のためにこんな朝っぱらからここにいると思っておるのだ」
 桂は声を上げて笑った。何かにつけて対立し文句を言い合あう仲だったが、高杉を一番傍で長く見ていたのは桂だ。もしかすれば両親よりも理解しているかもしれない。そんな桂が今更何かを言うわけがないのだ。
 けれどだからと言って高杉に付いて行く様子はない。その姿は見るからに着の身着のままで、とても遠出するような格好ではなかった。寒さに耐えかねて袖の中に仕舞った両手も手ぶらだ。
 彼はこの村に残る。高杉が村を出ると決めた同時期には桂も腹を据えていた。出した結論を高杉に告げた時は驚かれたものの反対されることはなかった。
「お前の穴は俺達でなんとかしよう。安心して行ってこい」
 友を見送るために、その背を押すために自分はここにいる。言葉には出されなかったがその思いを高杉は感じ取った。彼もまた桂小太郎という人物ををよく理解している。
「気をつけるのだぞ」
「ああ」
「風邪はひくなよ。腹を出して寝んようにな」
「ああ」
「拾い食いはするなよ。食べた後はちゃんと歯を磨けよ。あと」
「うるっせーな!オカンかテメーは!」
 桂の小言に耐えかねて高杉が唸った。けれどまだ言いたいことがあるのか桂は止める素振りすら見せない。
「あと、たまには便りくらい寄越せ」
 正面から眼を見て言われ思わず声を失う。
「もし銀時に会ったら奴にも伝えてくれ。喩え何があろうとここはお前達の故郷だ」
 不意打ちめいた餞の言葉。悔しい、認めたくないが強く胸を締め付けられる。言われた方が恥ずかしくなるようなことを真顔で言ってのけるからこの男は厄介なのだ、十年来の付き合いだがこればかりは未だ慣れない。数秒間の沈黙の後、高杉は溜めていた息をゆっくりと吐き出した。
「オカンか、テメーは」
 先刻と同じ台詞だが、苛立ちは消えていた。
 桂は悲しそうな目で高杉を見詰める。
「つまり貴様の母君はいつもこんなに心を痛めているというわけか。嘆かわしい」
「馬鹿言ってんじゃねーよ。俺はいつだって品行方正だぜ?」
 嘯いてみせると桂は深く深く嘆息した。高杉ももちろん冗談のつもりだったのだが、この生真面目な幼馴染はどうにも通用しない。
 高杉は負うた荷を担ぎ直すと、
「じゃあな。そろそろ行くわ」
「ああ。達者でな」
 止めていた歩みが再開される。夜明け前の空はまだ見ぬ暁光に白く染められていた。薄い影が長く後方へ延びる、それを引きずりながら歩く。一瞬前の自分がいた場所を影が染めるなら、自分は刹那ごとに未踏を掻き分ける。
 袖が触れるような距離をゆっくりと擦れ違う。挨拶はなかった。目を合わせることもない。振り返りもしない。足音と気配だけが次第に離れていく。やがてそれすらも辿れなくなった。
 一陣の風が吹く。冬を忘れ得ぬ冷気に交じって、花の香りが頬を撫でた。


お粗末様でした。『鬼の棲む山』、これにて完結です。

2012/02/10 23:39 | おまけCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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